各地の勉強会のもよう(月刊「ひかり」誌2009年5月号より)


◇3月14日(午後) 金沢地区 学修会

 寒が戻ったような肌寒い一日でしたが、県外からも多数の法友様のご参加を頂き、金沢地区学修会が開催されました。

 丸山先生には、『ひかり』誌2009年3月号をご拝読くださり、続いて、偉大な主・高橋信次先生よりお導き頂きました、肉体中心の現代医学とは異なった、心を中心にした医学をお教え頂きました。

 さらに先生には、「偉大な主のお許しを頂き、今日まで、私を信じて病気のご相談をして来られる多くの方々に対し、『神仏様の御ひかり』を入れさせて頂くこと等をさせて頂いてまいりましたが、殆んどの方は再発しておられません。現代医学も、偉大な主のお導きによる心を中心にした医学を採用して行かれたなら、もっと大きく向上するのではなかろうかと思います。

 また当会では、偉大な主のお導きくださいました、ある薬草エキスをつくるために、金沢地区委員の方が栽培されていますが、その薬草も、生える場所によってその効力が違うようです。薬草の手入れも大変だと思いますが、この方ご自身も難病からお救い頂かれたご体験をお持ちで、その時の感謝を忘れず、正法を信じて精進努力しておられるためでしょうか、この方の所の薬草エキスをお飲みになられた方は、治癒が早いのです。かつてその薬草がもてはやされ、付近の山が坊主になったという話をお聞きしたことがありましたが、薬草ばかりに依存していても治らないと思います。一番大事なことは、偉大な主の御教えを信じ、正法により自分の思いや行いを正していけるかどうかだと思います。

 実際に、正法を信じ、一生懸命精進努力しておられる方は治りが早いのです。しかし、ご著書もあまり拝読されず、日々の反省もされず、実践もされず、学修会にだけ参加しておられるような、他力の思いの方は『冷やかし』であり、それでは病気は治らないと思います。小冊子『難病等が癒された現証』には、病院では治らなかった難病が正法によって癒された奇跡が多数掲載されていますが、その中でも特に多いのは、金沢と富山の方なのです。

 この頃、毎晩のように月の周りにご光輪を拝見されたという感激感動のお声や、ご光輪を通して気付かれたこと等をレポートして来られる方がたくさんおられますが、金沢地区の方からのレポートは一番少なく、次に少ないのが富山地区です。金沢の方は夜のご光輪を拝見しておられないのかもしれませんが、もっと天を讃えられてはと思います。大自然がお与えくださる現象を体験されることも、正法を一段と深く信じる一つの道であり、天のお導きだと思います。そうすれば、さらに今後、アメリカの夜明けが私たちの前で展開して行くような、天のなせる御業というものをお見せ頂けるのではなかろうかと思います。

 特に金沢では、私が子供の頃に比べて、地震が非常に少なくなったように思いますし、皆様のご家庭におかれましても、病気や異変等が起きていないように思います。偏に、偉大な主・高橋信次先生には、地球上にお出ましになられ、偉大な御教えをお説きになられたお蔭様で、今日の平安を頂いているということをご理解くださり、安楽になることなく、正法を一段と深く勉強して頂きたいと思います」と、私たちの心を揺さぶってくださいました。

 参加者のご発表に移り、12年前にご主人様から会社の経営を引き継がれた方が、今日の不況の中にもかかわらず、会社を継続させて頂いていることに対するお悦びと感謝をお話しされると、先生には、「偉大な主・高橋信次先生には、正法は金沢から日本国内に、さらに世界に法が広がって行くとお導きくださったのです。偉大な主には、何故か金沢を愛され、今も天上界からお導きお見守りくださっておられます。ですから、金沢の方々はもっと心を熱くしなくてはならないと思います」と、力強くご指導くださいました。

 続いてその方が、「取引き先の社長様への伝道の機会を逃したことを先生からご指導頂いた翌日、再び伝道の機会を頂き、今度はご著書をお渡しすることが出来ました」とお話しされると、先生には、「その時、ご実家のお兄様が正法を勉強しておられることをお話しされましたか」とお尋ねになり、「しませんでした」と答えられると、「そこが抜けていたのです。お救い頂いた実例を、しかも似通った年齢の同性のお話をされることが一番大事だと思います。どうしてお話し出来なかったのでしょうか」とおっしゃいました。

 その方は、「正法を勉強したら救われる、というのは何か餌をぶら下げているような思いがしてしまいまして……」とお答えになりました。先生は、「神様のお話をさせて頂くのですから、その思いは間違っていますよ。『鉄は熱い内に鍛えよ』とお導き頂いているように、お兄様が光輝いておられた時に、一気にされるべきだったのです。その一瞬を逃すと心が緩み、自分というものが出て来ます。こんなことを言ったら、こう思われるのではないかな、等という思いには自分があり、それは魔です。自分の我を入れると、天意を止めることになります」とご指導くださいました。

 次に、入院しておられる奥様のお父様(I様)に正法をお伝えされた方が、「I様は、正法のお蔭様で本当にお元気になられ、退院もそう遠くはないようにお聞きしています。顔見知りになられた他の患者様から、『Iさんのように熱心に本を読んだり書いたりしていたら、ノイローゼになってしまうのでは』と言われるくらい、ご夫婦で正法をお信じになり、熱心にご著書を拝読しておられます」とお話しされると、先生には、「その時、相手の方がお気付きになられるように、『ノイローゼになるどころか、Iさんは見違えるように元気になられました』等と言って差し上げれば良かったですね。どのような機会をも生かすようにという、天のお計らいではなかったかと思います。お見舞いに行かれるのにも、ご本人様を鼓舞させるだけではなく、周りの方にも正法をお伝えし、お救いする責任もあるということを自覚して行かれたなら、患者様は皆快復されることと思います。そして自分が思うように話せないようでしたら、話せる方に一緒に行って頂くとか、病気が癒された体験談が掲載されている月刊誌をお渡しされる等、方法は種々あると思います」とご指導くださいました。

 また、「先生から、『中途半端になっている伝道はないですか。もしそういう方々がおられたら、もう一度振り返って見てみることによって、いろいろなことを学ばせて頂けますから、やってご覧なさい』とご指導頂き、早速取り掛からせて頂きましたところ、ご縁を頂いた方々への感謝がなかったことばかりか、その方々から学ばせて頂いたことを大事にして来なかったことに気付かせて頂きました」とお話しされた方に対し、先生には、「もう一つ抜けています。正法をお悟りになられた、偉大な主・高橋信次先生に対し、自分が正法を正しく生かして来なかったことをお詫びさせて頂かなくてはならないと思います。

 伝道は、相手をお救いしたいという、無所得の善意の行為です。伝道して、自分の都合で止めて放ってあるのは、リンゴを半分かじって、美味しくないからとポンと転がしてあるような状態ではないでしょうか。無所得で相手をお救いしたいと言う純粋な気持ちでお話しするのですから、『相手が理解してくれないからやめた』と思わずに、ご理解頂けるまで心を込めてお話しすることが大事です。相手の方に教えてあげるというのではないのです。その方から学ばせて頂くことがたくさんあると思います。しかし、本当にご縁のない方もいらっしゃるでしょうから、そこは見極めて行かれることも大事です」とご指導くださいました。

 今回の学修会では、伝道の機会は必ずお与え頂いており、自分中心の思いでその機会を逃してしまうと心が冷めてしまうため、常に心を神仏様に向けられるよう精進努力しなくてはならないこと、そして伝道は中途半端にせず、最後まで愛の心でやらなければならないこと等、伝道について具体的に分かりやすくお教え頂きました。

 偉大な主・高橋信次先生には、偉大な正法をお導きくださいましたお蔭様で、私達が今日の平安を頂いていることを思い起こさせて頂き、感謝の心を深め、報恩としての伝道に繋げて行かなくてはならないと心を奮い立たせて頂いた、誠に有り難い学修会でした。

   (N.T)




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